海外流通企業スタディ「Ulta Beauty」 ―ダイナミックな美容市場で成功するためには―

 

2024年1月にニューヨークで開催された世界最大級の流通小売業向けイベント「NRF Retail’s Big Show」にコスメ専門チェーンUlta Beauty CEOのDave Kimbell氏が登場。
“Beauty Redefined(=美の再定義)”と題して、彼らが考える美容の在り方や今後の変化について語りました。

2020年はコロナに伴うコスメニーズの縮小から売上・利益が減少するも、コロナ収束後は成長を遂げ、
創業33年で初めて売上100億ドル(約1.4兆円)、純利益10億ドル(約1,400億円)に到達。

利益率も12%と高水準(図1)。そんな成長著しいUlta Beautyの講演に対して、オーディエンスは興味津々でした。

リーズナブルなコスメはドラッグストア、高級なコスメは百貨店、というイメージがある日本では“コスメ専門チェーン”というジャンルにあまり馴染みが無いかと思います。

今回は、同イベントでKimbell氏が語ったことを中心に、アメリカで人気を博す“コスメ専門チェーン”のUlta Beautyを考察しながら、
美容市場がどうなっていくか、そして小売がどのような価値を提供していくべきかを見ていこうと思います。

 

美容市場を熟知するUlta Beauty

Kimbell氏は美容市場を“非常にダイナミック”と表現。

Kimbell氏がそのように表現したのは、一個人でも表現の仕方はひとつではなく多様であり、新しい商品・サービス・体験への飽くなき探求心を持っていると感じるからだそうです。

そのため、常に生活者の声に耳を傾け、変化にアンテナを張ることが重要だと言います。
実際、同社には生活者の声やニーズを得られる環境が整っており、それがひとつの強みとなっています。

同社のロイヤルティプログラム「Ulta Beauty Rewards」は2014年の開始以降、会員数を増やし続け、現在は4,200万人超。
更に、全売上の95%がその会員によって生み出されています。

高い人気を誇るStarbucksの「Starbucks Reward」が会員数約3,100万人であることを踏まえると、いかに同社の会員数が多いか分かります。

 

ダイナミックな市場で顧客を惹きつけ続けるための施策

大規模な会員基盤から、多くの0パーティーデータ(アンケートなど)、および1stパーティーデータ(EC閲覧情報、購買情報など)を取得し、
生活者の変化を捉えているわけですが、どのようにして変化に応じて、顧客を惹きつけているのでしょうか。

Kimbell氏が語った3つのポイント「Assortment(品揃え)」、「Experience(体験)」、「Innovation(変革)」に着目して深堀していきたいと思います。

Assortment(品揃え)

同社は、年間2,000を超えるブランドから提案を受けるそうです。そのなかで、厳選された5%ほどが採用に至るとのこと。
これだけのブランドが同社へ提案するのには理由があります。

上述の通り、同社は“一個人でも表現の仕方は多様である”という考えを持っており、年代など人口統計による単純な切り口を否定。
そのため、いわゆるプチプラと呼ばれるリーズナブルなものから、プレステージと呼ばれる高級なものまでを広く取り扱っています。

大衆向けかハイエンド向けかという二者択一の概念を覆し、多種多様なニーズに応えようとする同社のもとに、多くのブランドが提案に訪れるというわけです。

この考えを強調すべく、Kimbell氏はMUSE Acceleratorという新興ブランド支援プログラムでの一幕を引用。

「席に座ると、両隣には全く異なるタイプのブランドを創った創業者が居た。片方はSNSなどで人気となった新進気鋭のネイルブランド、もう片方は持続可能な生産にこだわるコスメブランド。市場ではどちらも同等の機会を持っており、美容の本質を追求しながら互いに刺激し合っていくと思う。」と説明しました。

美容に関する声やニーズを業界で最も保持し、常に変化に対応する姿勢であるからこそ、顧客に支持される品揃えを提供し続けられるのでしょう。

 

Experience(体験)

同社では、Experienceが大きく3つの要素で構成されると考えています。

その3つは、①店舗スタッフによる販売接客、②店舗併設のビューティーサロン、③パーソナライズされたアプリ・ECです。

コロナを経て、アプリ・EC上の購買が全売上の50%超を占めるようになっているそうですが、それでもKimbell氏は「Human Experience(人を介した体験)が最も大切」と言います。
そのため、店頭やサロンで勤務する約5万人のスタッフが、顧客が求める美容を理解して、ニーズを充足するためのサポートをすることが極めて重要であると強調。
スタッフと顧客による1to1のコミュニケーションこそが、顧客との関係構築に貢献しているそうです。

販売接客の強化は重要且つ基本的なこととして、同社の特徴はサロンの併設にあります。
店舗へ行くと、“The Skin”や“The Salon”というコーナーがあり、肌や髪のケアを受けることが出来ます。
例えば、“Acne Clearing Facial”という肌ケアが60分80ドルというような感じです。

現時点では、大盛況という印象はなく、同社の売上に占める割合も小さい状況。
しかし、施術中にスタッフと会話するなかで自分に適したコスメを知り、購買に繋がることが多いそうです。
店頭やサロンは、顧客の悩みを聞き出し、商品に出会わせる場として機能していると言えます。加えて、“自分に適した商品に出会わせてくれる店”として、信頼度の向上にも繋がります。

そして、アプリやECは利便性を追求し、普段使いの商品を手間なく買える場として機能します。このように、それぞれの要素が点ではなく、線として設計されていることで、顧客にとって心地良い体験が生まれるのです。

 

Innovation(変革)

近年、美容テクノロジーの発展が目覚ましく、同社も積極的に投資を進めています。
ただし、上述の通り、「Human Experience」が最重要であるという信念は曲げず、テクノロジーはそのサポート的な立ち位置であると考えているようです。

その一例として、まつ毛エクステの自動化を取り上げました。まつ毛エクステの施術時間は非常に長く、決して快適であるとは言えないものでした。
そこで、同社ではまつ毛エクステのロボットに着目、実装に向けたテストを行っています。ロボット導入による施術時間の短縮は、顧客体験を飛躍的に向上させます。

さらに、スタッフの工数も減るため、その分を他の接客などに充当することで、店舗としてHuman Experienceを高められます。

また、同社のECには美容に関するアンケート機能が付けられています。顧客が10問弱のアンケートに答えると、適した商品が自動で推奨されます。
もちろん、その場で未知の商品を簡単に知れる良さもありますが、この場で取得された情報がゼロパーティー、ファーストパーティーデータとして昇華されていくことで、
品揃えや店頭での接客にも活き、オフラインでも更に良い体験を届けられるようになります。

テクノロジーの活用は、ついつい効率化の観点で語られがちですが、同社では顧客体験の向上が常に意識されています。
従って、どの事例をとっても一貫性があり、投資の納得感があります。同社は「Prisma Ventures」というベンチャーキャピタルも創設し、
黎明期にあるテクノロジーの支援も行っています。資金提供に留まらず“比類ない顧客データ”や“専門知識”などを提供できることが支援する意義と捉えているようです。美

容に関する生活者のニーズを最も知る同社が支援することで、ベンチャー企業も成長し、自社もより良い体験を提供出来るWin-Winの関係が築けています。

 

おわりに

ここまで、ダイナミックな美容市場で成功を遂げるUlta Beautyの成功要因を見てきました。同社の歩みから感じるのは、“決めつけない”ことの重要性です。顧客ニーズは常に変化します。

また、一個人のニーズも不変ではなく、時と場合によって異なります。同社はそのことを前提として、顧客の声にしっかり耳を傾け、品揃えや体験を始終アップデート。

そして、Human Experienceを強化すべく、絶えずテクノロジーを探求しているのです。美容市場はもちろん、他の市場についても“決めつけ”をせず、傾聴の姿勢をもってアップデートを図るべきでしょう。