価格と価値の再定義~節約だけじゃない、PBが“支持”される時代へ~

AIの活用によって業務や購買体験の効率化が進む一方で、リアルな接客や体験価値の見直しも進むアメリカの流通小売業界。そうした中で、2025年以降の差別化要素として再び注目されているのが「価格以上の価値」を提供するプライベートブランド(PB)の存在です。
今回は、生活者の節約志向と価値重視の傾向が交差する今、PBがどのような役割を果たしているのかを見ていきます。

2025年の見通し

プライベートブランドの成長

上で述べたように、インフレが少々落ち着き、単なるディスカウント型小売が厳しくなる可能性はあります。一方で、依然として日頃の食費を抑えたいというニーズは残っていくでしょう。昨年7月までの調査では、アメリカ人の懸念事項最上位が常に「食品価格の上昇」(図12)。

図12:アメリカにおける消費者の懸念事項

そこで、より一層求められるものの1つとしてプライベートブランド(以下、PB)があります。図13の通り、2020年から2024年にかけて、PBの売上金額、個数シェアが伸長。調査会社eMarketer(2024年)によると、「昨年よりPBの購入を増やしている」と答えた人は58%。また、調査会社Numerator(2024年)によると、「節約のためにPBを購入している」と答えた人は43%、「PBは価格以上の価値がある」と答えた人は58%。価格と価値を鑑みて、PBを選好しているアメリカ国民が多いと推測されます。

図13:アメリカプライベートブランド市場規模

Sam’s Clubでは、PBへの注力にあたって、面白い取り組みをしています。同社では全売上の約33%をPBで占めており、全体よりも高い水準です。
では、どのように支持を集めたのでしょうか。そこにはいくつか要因があります。

まず1つ目はブランディング強化。2017年に20近くあったPBブランドを“Member’s Mark”に統合。2020年にWalmart全体で掲げた「リジェネラティブ※カンパニー」の目標に合わせて、PB製造に関する10個のコミットメントを打ち出しました(図14)。

図14:Sam’s Club「Member’s Mark」のコミットメント

そして、2つ目は商品開発に協力するコミュニティの組成です。同社は2024年6月にコミュニティに関する正式発表をしたのですが、既に5万人以上を参加しており人気の高さが伺えます。同社は、商品開発の過程でコミュニティメンバーへ試作品を提供。使用後に良さや課題をレビューしてもらい、商品の修正へ反映していきます。発売前に自社顧客の声を得られるので非常に有益です。一方、メンバーの参加動機は何でしょうか。商品開発への協力で多少ポイント付与はあるようですが、試用及びレビューの負荷を考えるとポイントを求めている人はそこまで多くないと推測できます。Member’s Markを支持しており、「商品開発に関与したい」という感情が最大の動機だと考えられます。ブランディングによって、顧客の心をしっかり掴んでいるからこそ成立する取り組みです。NBで充足し切れていないニーズを捉え、独自のポジションを築くことでPBを支持する層を増やしていけるでしょう。

※リジェネラティブ:環境をより良く“再生”することへの取り組み。サステナブルが“持続”を意味するのに対して、この取り組みは根本的な課題解決によって、環境を良化させることを目指す。

おわりに

2024年は生成AIの実装を各社がトライし始めた年でした。セキュリティや精度に対する懸念もあり、顧客向けの利活用は思ったほど進まなかった印象です。しかし、WalmartやAmazonが買い物をサポートする検索ツールをリリースしたことから、2025年以降各社も準拠していくと予想されます。顧客との対話がデータとして残っていく世界になると、これまでとは異なる顧客理解の手法が求められます。顧客からの複雑な要求に対して、素早く、そして正確に応答していけるかが成否を分けるでしょう。AIエージェントはまさに本領域と相性が良いため、今後活用が進むと予想されます。まさにGame Changeの局面に差し掛かっています。

ただし、一定水準のパーソナライズが生活者にとって織り込み済みな環境になってくると時折ユニークな体験や商品を探索する節があるようです。AIでは感じられない「誰から買ったか」、「どんな場所で買ったか」という有機的な感覚を上手く補足していくことが流通小売には一層求められます。AIによって捻出される余力を活かして、売場、スタッフ、商品の独自性を創る企業に成算があるでしょう。

執筆者紹介
取締役 経営推進部部長 小野寺裕貴
慶応義塾大学大学院卒。株式会社みずほ銀行での法人営業、
株式会社インテージでの事業開発・アライアンスを経て、データコムへ入社。
前職時より米国等のリテールトレンドの探求、発信を行っている。
掲載情報
こちらの記事は、販売革新2025年4・5月号に掲載されています。
※外部サイト(Fujisan.co.jp)に遷移します。本記事は、スーパーマーケット専門情報誌「販売革新」にて弊社経営推進部の小野寺裕貴が連載しているものであり、株式会社アール・アイ・シー社の承認の上掲載しています。 出典:販売革新2025年4.・5月号
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