米国小売はどこへ向かう?AIとともに変わる現場のリアル
今年も1月に世界最大級の流通小売業向けイベント「NRF Retail’s Big Show 2025」がニューヨークで開催されました。
今年のイベントテーマは「流れを変える(Game Changer)」。基調講演にNVIDIAの流通小売業界責任者Azita Martin氏が登壇したことがテーマの意味を示しており、いかにAIが革命をもたらすかが強調されました。
Martin氏は「フィジカルAI(ロボットや物理空間とAIの融合)」と「AIエージェント(AIによる自己判断)」へ言及。物流で言えば、AIが倉庫などの現実空間を理解し、シミュレーションを行いながら最適なレイアウトやルートを常時導出できます。さらには、自走ロボットが複数のソースを参照しながら自ら動き方を決めることもできます。人間がAIに尋ねる時代から、AIおよびロボットが自律的に稼働する時代へ移行し始める端境期であると言えます。
一方、昨年のテーマがどんなものだったかを思い返すと「価値を重視する(Make It Matter)」でした。情勢不安やインフレの影響で生活者の価格に対する意識が高まっていたことが背景にありました。高い品質の商品を適正な価格で提供するだけでなく、納得感のある価値提案をしていけるかが流通小売およびメーカーに求められることを示唆していました。NRF会長(当時)でありWalmart US CEOのJohn Furner氏も講演内で「商品やサービスの新たな提供方法を探索し、顧客の予算を拡張しなければならない。」と語っていました。
今回は、これらのテーマを念頭に置きながら、アメリカ流通小売業における2024年の動向と2025年の見通しを考察。今後訪れ得る潮流を捉えて頂ければと思います。
2024年の動向
AIの可能性を模索:生成AIの状況
1年を通し、生成AIはホットなトピックでした。生成AI関連企業の資金調達状況(図1)をみると、2023年の時点で291億ドル(約4.6兆円)と前年の7倍弱まで増加。2024年も増加は続き、560億ドル(約8.9兆円)に到達。調達した企業のほとんどがアメリカ発。引き続き、アメリカが牽引していると言えます。

図1:生成AI関連企業の資金調達規模
小売企業での利用はどうか。活用の方向性としては、「①従業員の生産性、効率性を向上させる」、「②顧客体験を高める」、「③創造力を高める」の3つに大別されると言います。しかし、現時点ではアウトプットが正確でなかったり、バイアスを持っていたりすることがあるため、注意が必要となります。アメリカ最大手小売であるWalmartも慎重な姿勢。同社で生成AI活用をリードするSVP・Nuala O’Connor氏も「AIは多くのユースケースで完璧でない」と表現。同社では、最初のステップとして従業員が生成AIを試せる環境を用意し、社内業務の生産性向上に挑戦し始めました。その後対外的な活用に備えて、「The Walmart Responsible AI Pledge」(図2)をリリース。生成AIに向き合う姿勢をしっかり示しました。O’Connor氏は「新しい技術を実装していくにあたって、従業員や顧客に説明する責任があると考える」とPledge作成の背景を説明しています。

図2:The Walmart Responsible AI Predge
AIの可能性を模索:生成AIの活用が始まる
Walmartが2024年1月にリリースした顧客向けの検索ツール(図3)は生成AIを活用しています。検索欄に「自宅でアメリカンフットボールの試合を家族と楽しむ」と打ち込むと、テキストの意味を解釈し、シーンに適したドリンクやスナックなどを提示してくれます。商品探索の手間が軽減されるため、顧客体験が向上します。更に興味深いのは、顧客が打ち込むテキストをもとにWalmartが今まで以上に顧客理解を進められる点です。

図3:Walmartで「アメフト観戦をする」を検索した結果
従来のように、「オレンジジュース」と検索されると、その顧客が「オレンジ」や「ジュース」を好んでいることまでしか読み取れませんでした。対して、自然言語検索になると、顧客自らが解決したいことを示してくれるようになります。まさに「顧客が欲しいのはドリルではなく、穴である」という考えに則っています。顧客が根本的に解決したいことを捉えられると、提案の幅も広がります。顧客と商品を繋ぐ上では、商品情報の整備も必須。いくら顧客から情報を得られても、応答するための準備が不足していては上手くいきません。AI時代に必要な情報を考え、適切にアップデートしていくことが肝要です。
なお、2024年2月には競合であるAmazonも“Rufus”というチャット形式の検索ツールをリリース。アメリカ最大手2社が一歩も譲ることなく競い合っていることからも、本領域は生成AI活用に適していると考えて良いでしょう。
Walmartでは自然言語検索機能に先立って、オンライン上でのバーチャル試着機能も提供。顧客は自らの体型を読み取った上で、衣服を試すことが可能。サイズや色味のフィット感を確認した上で購入できるため、顧客の利便性向上や不安解消に繋がります。Walmartとしては、これまで以上に顧客の詳細を知れるようになるので、提案の精度が高まります。さらに、試着機能に関しては返品率低減への期待も含まれています。アメリカでは返品が大きな課題。NRFの調査によると、小売市場の返品率は2020年に10.6%だったのに対して、2024年は16.9%に上昇したと言われています。特にオンライン購買が顕著で17.6%(実店舗は10.0%)。オンライン上でフィット感を確かめられるようにすることで、低減させることを狙っているようです。
以上のように、顧客との接点、特に商品探索においてAIを活用する例が出始めています。検索の負荷を下げて、顧客の利便性を高めることは企業が提供すべき重要な価値です。但し、それ以上に大切なのは、“新たな顧客情報”が得られるようになることではないでしょうか。顧客理解を一層深めて、最適な情報提供、商品推奨を行えるかが成否を分けます。
AIによって商品探索の手間が軽減され、顧客理解も一層深まる中で、小売業は「どのように顧客と接点を持つか」がますます重要なテーマとなっています。
次回は、その接点の価値を最大化するための取り組みとして注目されるリテールメディア市場の成長と、D2Cブランドと量販小売の連携による新たな体験創出について深掘りしていきます。